2025/11/19 14:00

こんにちは、柚香の森 店主です。
外を歩くと、風の冷たさに思わず背中を丸めてしまうような、そんな季節になってきましたね。
11月は、静かな夜長に本を読むのにぴったりの時期。今日はこの季節にふさわしい、とっておきの作家さんをご紹介させてください。


 ■ 11月19日──静かに語る文豪、古井由吉の誕生日


11月19日は、小説家・古井由吉(ふるい よしきち)さんの誕生日です。 
対抗文学の旗手とも呼ばれた古井さんの作品には、物語の外に流れる“沈黙”が、たしかに存在しているんです。

たとえば代表作『杳子(ようこ)』。 
薄暗い森の中を歩いているような、不思議な静けさが心を包みます。

『杳子』は1971年(第64回)芥川賞受賞作。「妻隠(つまごみ)」は同じ文庫本に収録されていますが、芥川賞を受賞したのは『杳子』のみです。

一見、難解に思えるかもしれませんが、「言葉にできないものと向き合う」時間こそ、読書の深い癒しなのかもしれません。

わたし自身、気持ちがふと沈みがちな季節になると、古井さんの作品を手に取ることがあります。
読み終えても、はっきりと何かがわかったわけではないのに、心の奥が少し整っている。 そんなふうに感じられるのです。

 ■ 代表作『杳子』──「わからないこと」を生きるということ

古井由吉さんの代表作のひとつ、『杳子(ようこ)』。
この作品を手に取ると、まるで薄暗い森の中をひとりで歩いているような感覚に包まれます。
物語の表面には大きな事件はほとんど起こりません。
でも、読んでいくうちに、心のなかの静かな場所が少しずつ動いていくのです。

「これが正解」という物語ではなく、「わからなさ」を抱えたまま生きる人間の姿が描かれていて。

読後に残るのは、すっきりした答えではなく、静かに心の奥が整っているような、そんな余韻です。

 ■ 古井由吉作品の魅力とは?

古井由吉さんの作品には、明快さやスピード感、読後の爽快感といったものはありません。
でも、それこそが、古井由吉さんの文学のいちばんの魅力だとわたしは思っています。

人は、言葉にできない感情をいくつも抱えて生きています。
「どうしてこんなに悲しいのか」「なぜ寂しいのか」──それがうまく言えないときも、本はその気持ちに寄り添ってくれることがあります。

古井由吉さんの作品は、まさにそんな「言葉にできないもの」を見つめる文学。
ページのあいだに漂う“余白”が、読者自身の気持ちを照らしてくれるのかもしれません。


■ 秋の夜長におすすめの古井作品


《柚香の森》の本棚にも、古井由吉さんの作品が並んでいます。
ここでは、2冊だけご紹介させてください。



短編形式で綴られるこの作品集は、「何かが失われていく」感覚が、ゆっくりと静かに描かれています。
日常の風景や記憶が、どこか少し斜めから切り取られていて、読むたびに新しい発見があります。

夜、ひとりでゆっくりと読みたい本です。



こちらは長編小説。
生と死、現実と幻のあわいを歩くような、幻想的な雰囲気を持った作品です。
何度読み返しても、毎回違う角度から心に入ってくる、不思議な深みがあります。

「読む」というより、「感じる」読書になるかもしれません。

■ “わからなさ”を恐れずに、読んでみてください


古井さんの作品をおすすめすると、「難しそうですね」と言われることがあります。
たしかに、わかりやすいエンタメ小説とは違います。でも、「わからないこと」を無理に理解しようとせずに、ただページをめくるだけでもいいと思うんです。

たとえば、湯船にゆっくりと身を沈めるように。
読むというより、浸るような気持ちでページをめくってみてください。
その中に、ふっと心が解けるような瞬間があるかもしれません。


 ■ 最後に──“読書は、ひとりじゃない”と感じたいときに


もし今、ちょっと心が疲れていたり、誰かに会う気力が湧かないときがあったら。
そんなときこそ、古井さんの作品をそっと手に取ってみてください。

きっと本の中に、言葉にはならないけれど、自分の気持ちに近い“何か”がそっと息づいていると思います。
それが、ひとりの夜を照らしてくれるかもしれません(^^)