2025/07/30 14:12
こんにちは、『柚香の森』店主です。
今朝に大きな地震による津波警報があり、心がざわつく一日となりました。
今は、どうか皆さまがご無事でありますようにと、静かに願っています。
本日の谷崎潤一郎の命日に合わせて、小さな読みものを綴りました。
そっと本の話をお届けできればと思います。
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「谷崎忌」は、文豪・谷崎潤一郎の命日である「7月30日」にちなんだ記念日です。
1965年(昭和40年)のこの日、谷崎潤一郎は79歳でその生涯を閉じました。
谷崎作品の愛読者や文学ファンのあいだでは、命日をしのんで「谷崎忌」と呼ばれ、静かに偲ばれています。
ゆかりの地ではときどき小さな企画展なども行われることがありますが、あくまで穏やかに、本を読みながら想いを寄せるような日──そんな印象が強い命日です。
ちなみに、谷崎潤一郎は自らの墓碑銘に「寂」と一文字だけを選んだと言われています。
派手さや功績ではなく、静けさを愛した彼の美意識がにじむ、印象深いエピソードですよね。
明治生まれの作家でありながら、今もなお多くの読者を魅了し続ける谷崎潤一郎。
その作品には、人の心の奥底にひそむ“美”と“欲望”を見つめるまなざしが込められています。
静かな夏の午後に、谷崎の文章をそっと開いてみると、まるで遠い時代の風がふわりと吹き抜けるような──
そんな不思議な読書体験が味わえるんです。
谷崎の命日に寄せて、 文学的な深みと美しさが際立つ代表作を、2冊ご紹介いたします。
谷崎潤一郎の小説の中から、特に「文学的な深み」や「耽美的な世界観」が堪能できる作品としておすすめしたいのが、『鍵』『瘋癲老人日記』です。
そしてもう一冊、『人魚の嘆き・魔術師』という幻想的な短編集もあわせて、心静かに読みたい谷崎作品としてご紹介いたします。
『鍵』『瘋癲老人日記』──晩年の傑作にして、内面を映す鏡のような物語
「鍵」と「瘋癲老人日記」は、谷崎潤一郎の晩年を代表する作品です。
日記形式を用いながら、夫婦の関係や老い、性、そして欲望といった繊細なテーマが巧みに描かれています。
独特の文体と構成によって、語り手の内面がじわじわとにじみ出てくるようで、 読んでいるうちに「これは小説なのか、それとも本物の告白なのか」と錯覚するほど。
他人の心の奥にこっそり入り込んでしまったような、不思議な感覚になるんですよね。
この2作品は、日本文学史上でも高く評価されており、谷崎の美意識と耽美的世界観が色濃く表現された名作です。
『人魚の嘆き・魔術師』──幻想と詩の香りがただよう短編集
短編集であるこの1冊には、「人魚の嘆き」や「魔術師」など、谷崎潤一郎の初期から中期にかけての幻想的な作品が収められています。
豊かなイメージと詩的な文章に彩られた物語は、現実と幻想のあわいをたゆたうような魅力に満ちています。
幻想文学としての味わいも深く、谷崎ならではの耽美的な視点が随所に光ります。
読んでいるうちに、どこか夢を見ているような、心の奥に波紋が広がるような感覚になるんです。
特に、海辺の村で起こる神秘的なできごとを描いた「人魚の嘆き」は、物語の余韻が長く心に残り、読後もしばらく波の音が耳に残っているような一編でした。
じつは私が最初に読んだ谷崎作品は『鍵』でした。
難しそうだなと思いつつ手に取ってみたのですが、読み始めるとまるで引き込まれるように、ページをめくっていました。
「こんなにも、静かで、怖くて、美しい日記があるんだ」
そう思ったのを今でもはっきり覚えています。
“文学作品”と聞くと少し構えてしまう方もいらっしゃるかもしれませんが、
谷崎潤一郎の作品は、意外なほど読みやすく、どこかやさしく私たちの心に寄り添ってくれるんです。
さいごに
文豪の命日に、そっと文庫を開いてみる。
その一歩が、新しい読書体験の始まりになるかもしれません。
暑い夏こそ、静かな読書の時間が心にやさしく染み込むもの。
谷崎潤一郎の耽美と幻想の世界に触れて、 日常から少しだけ離れるような時間を過ごしてみませんか?
きっと、読後には心がふわりとほどけて、まだ知らなかった「自分の感受性」と出会えるかもしれません。
それではまた、季節の本をそっとご紹介させてくださいね。
どうぞ、涼やかに、よい読書時間をお過ごしくださいませ。
