2025/09/18 14:26

こんにちは、『柚香の森』の店主です。

九月になると、暑さはまだ残るものの、心の奥ではどこか秋の気配を感じ始めますね。
空の色も、虫の声も、少しずつ夏から静けさへとバトンを渡しているようで、
私たちの気持ちも、外ではなく“内側”へと向いていくような気がします。

そんな季節に、ひとりで読みたくなる作家がいます。
中村文則さん。1977年9月2日生まれの作家です。

中村さんの作品には、人の心の「奥底」にそっと触れようとするまなざしがあります。
生と死、罪と記憶、善と悪──
一見重たいテーマを扱いながらも、決して断定的ではなく、
あくまでも静かに、読者の心のなかへ寄り添ってくれる文章です。

今回ご紹介したいのは、彼の代表作のひとつ『私の消滅』(文藝春秋)

タイトルだけ見ると、ぎょっとする方もいらっしゃるかもしれません。
けれど、この小説は「怖い」物語ではありません。

それは、自分自身の内側を、そっと覗き込むような読書体験です。

過去の記憶、誰かを傷つけてしまったかもしれないという痛み。
心の深いところに棲む「もうひとりの自分」に、静かに目を向ける時間。

物語は、精神科医のもとに通う青年の語りから始まります。
読み進めるうちに、現実と幻、真実と虚構の境界がゆらぎ、
読者自身も、どこに立っているのか分からなくなるような、不思議な感覚に包まれます。

でも、その「ゆらぎ」こそが、この作品の魅力なのだと思います。
深く沈んでいくような物語なのに、読後には不思議と、
夜明けのようなやわらかい光が差し込んでくるんです。

中村さんご自身も、「違和感」や「孤独」を感じながら書いていると語っておられます。
だからこそ、この物語には、
「言葉にできない不安を抱えている誰か」への優しさが、静かに宿っているように思います。

もし今、少し疲れていたり、
人と会うよりも静かにひとりでいたい気分のとき──
この本は、あなたの心に深く寄り添ってくれるかもしれません。

秋の入口に、心の奥に灯をともすような読書時間をどうぞ。

店主より